大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌高等裁判所 昭和28年(う)231号 判決 1953年9月15日

控訴人 検察官 今関義雄

被告人 高玉邦雄 弁護人 二宮喜治

検察官 池田修一

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役壱年に処する。

原審及び当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

検察官今関義雄の控訴趣意は同人提出の控訴趣意書記載のとおりでこれに対する弁護人二宮喜治の答弁は同人提出の答弁書のとおりであるからいずれもこれを引用する。

検察官の控訴趣意(法令の適用の誤)について、

原判決の判示によると、被告人は昭和二十七年十月三十日午前二時頃釧路市北大通八丁目一番地染物業実父高玉喜一方において同人保管にかかる橋本経子所有のオーバー生地三ヤール、坂井重吉所有の洋服地三ヤール、川畑某所有の茶色オーバー、太田某所有の国防色オーバー、福田所有のショール各一着を窃取したものと認めながら、被告人の本件犯行は一親等直系血族たる父喜一が染物の依頼を受けて註文者のため保管中の物品を窃取した事案であるから刑法第二百四十四条の親族相盗に関する規定は窃盗罪直接被害者たる被害物件の占有者と犯人との関係について規定したもので所有者と犯人との関係について規定したものでないと解すべきである、として最高裁判所昭和二十三年(れ)第一九九八号同二十四年五月二十一日第二小法廷の判決を引用し、刑法第二百四十四条を適用して、刑の免除をしていることは所論のとおりである。刑法第二百四十四条第一項の規定は、親族たる身分の者相互における親族所有の物に関する窃盗に対して適用あるもので、親族の占有に属するときと雖も親族に非ざる者の所有に属する物を窃取したときは刑法第二百四十四条第一項を適用すべきではない、と解すべきところ、原判決は「本件犯行は一親等直系血族たる父喜一が染物の依頼を受けて註文者のため保管中の物品を窃取した事案である」と認定しながら刑法第二百四十四条第一項により被告人に対し刑の免除をしたのは法令の適用を誤つたものというべく、その誤は明かに判決に影響を及ぼすものであるから、原判決は破棄を免れない。原判決引用の最高裁判所の判決は当該事件の弁護人の「原判示事実によれば、食肉組合代表者宮崎進の保管に係る組合所有の牛生皮云々とありてその食肉組合なるものが単なる共同事業たる組合なるや又は独立の法人格を有する組合なるやは明確ならず、若し法人にあらざる共同事業組合なりとせば、その共同事業者即ち共有者と各被告との間に刑法第二百四十四条の刑の免除又は親告罪に該当する親族関係があるかないかを調査しなくてはならないものである」との主張に対してなされたものであり、また右事件においては犯人と盗品の占有者との間には親族関係がなかつたのであるから、右判決は本件の場合に適切でない。検察官の論旨は理由がある。これと反対の見解に立つ弁護人の論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条、第三百八十条により原判決を破棄し、当裁判所は直ちに判決をすることができるものと認めるから同法第四百条但書により更に判決をする。

罪となるべき事実

起訴状に記載された、公訴事実と同一であるからこれを引用する。

証拠

右事実は

一、高玉喜一作成にかかる盗難届

一、高玉一雄の検察官に対する供述調書

一、高玉一雄の司法警察員に対する供述調書

一、高玉成子の検察官に対する供述調書

一、被告人の検察官に対する供述調書

一、被告人の司法警察員に対する供述調書

一、被告人の原審第一回公判調書中供述記載

を綜合して認定する。

被告人は昭和二十一年九月十一日釧路区裁判所において詐欺、窃盗罪により懲役一年六月以上三年以下(昭和二十一年勅令第五百十二号によりその刑を懲役一年十五日以上二年三月以下に変更)に、昭和二十四年十二月十七日釧路簡易裁判所において窃盗罪により懲役一年に、昭和二十六年二月二十八日同裁判所において窃盗罪により懲役一年六月(昭和二十七年政令第百十八号によりその刑を懲役一年一月十五日に減軽)に各処せられ、いずれもその当時右刑の執行を受け終つたもので、右事実は原審第一回公判調書中の被告人の供述記載及び検察事務官作成の被告人の前科調書並に札幌高等検察庁作成の当裁判所刑事裁判部宛の被告人の前科照会について回答と題する書面により明かである。

法令の適用

被告人の判示所為は刑法第二百三十五条に該当するものであるが、被告人には前掲前科があるので、同法第五十六条、第五十七条、第五十九条により累犯加重をなした刑期範囲内で被告人を懲役一年に処するものとし、刑事訴訟法第百八十一条第一項により原審及び当審における訴訟費用は全部被告人の負担とし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 熊谷直之助 判事 成智寿朗 判事 笠井寅雄)

検察官今関義雄の控訴趣意

原判決はその主文において「被告人に対し刑を免除する」となし、これが理由につき「本件公訴事実の要旨は被告人は昭和二十七年十月三十日午前二時頃釧路市北大通八丁目一番地染物業実父高玉喜一方において同人保管にかかる橋本経子所有のオーバー生地三ヤール坂井重吉所有の洋服地三ヤール、川畑某所有の茶色オーバー太田某所有の国防色オーバー福田某所有のショール各一着を窃取したものであるというにある」となし「右の事実は当裁判所で取調べた」高玉喜一作成の盗難届その他各「証拠により認めることができるのであるが、被告人の本件犯行は一親等直系血族たる父喜一が染物の依頼を受けて注文者のため保管中の物品を窃取した事案であるところ、刑法第二百四十四条の親族相盗に関する規定は窃盗罪直接被害者たる被害物件の占有者と犯人との関係について規定したもので所有者と犯人との関係について規定したものでないと解すべきである(最高裁判所昭和二十三年(れ)第一九九八号同二十四年五月二十一日第二小法廷判決参照)から本件窃盗については刑法第二百四十四条により被告人に対しその刑を免除すべきものである」となしている。右判決は「法令の適用に誤があつてその誤が判決に影響を及ぼすことが明らかである」から到底破棄を免れないと信ずる。其の理由は次の通りである。

即ち原判決は前示の如く親族の保管に係る他人所有の財物を窃取した事案であると判示しているが、かかる場合に於ては刑法第二百四十四条の適用はない。

一、そもそも刑法第二百四十四条の立法趣旨はこれを要約するに「親族間の内部的事実に対して国権の干渉を及ぼすことを適当としない」(小野清一郎新訂刑法講義各論二四〇頁)からであり、又「親族間の情義を考慮して設けられた(木村亀二刑法各論一二八頁新法学全集所載)ものであるとなすにある。

二、而して刑法第二百四十四条の右の如き立法趣旨に鑑み親族たる身分の者相互間に於ける親族の物に関する窃盗に対して適用があり窃盗罪の行為者が財物の所持者であり且つ所有者たる被害者との間に右の如き親族関係がある場合に限つて適用があり、親族が他人の所有物を所持し又は他人が親族の所有物を所持している時には該条の適用なきものと解すべきである(牧野英一刑法各論下巻六〇三頁以下、木村亀二前掲一二八頁以下)。蓋し窃盗の被害者は所持(占有)者にのみ限るべきでなく、奪取罪は所持を侵害することに因つて所有権その他の本権を侵害するものであるから所有者も亦被害者たるものと解すべきであるからである(牧野英一前掲六〇三頁以下、木村亀二前掲一二八頁以下)。然して右見解は述上の如く通説であり(高窪喜八郎編法律学説判例総覧改正刑法各論下七八六頁以下参照)判例また然りである。即ち「親族又は家族の占有に属するときと雖も親族又は家族に非ざる者の所有に属する物を窃取したるときは刑法第二百四十四条第一項を適用すべきものに非ず」(大審昭和一二、四、八判決刑集一六巻四八五頁)「執達吏の占有に属するものなれば被差押者同居の実弟が之を窃切するも刑法第二百四十四条を適用すべきものに非ず」(大審大正四、九、三〇判決刑録二一輯一二六八頁)なお同趣旨(大審明治三四、四、三〇判決、同明治四三、六、七判決刑録一六輯一一一八頁、同大正五、一二、一四判決刑録二二輯一八三〇頁、同大正六、二、二六判決刑録二三輯一三一頁、同昭和六、一一、一七判決刑集一〇巻六〇四頁、同昭和八、七、八判決刑集一二巻一二〇〇頁)と判示するが如くこれであつて前述本件判示事実の如く直系血族の占有に属すると雖も直系血族、配偶者同居の親族、其他の親族に非ざる他人所有の物を窃取すること明らかな事案にあつては刑法第二百四十四条第一項を適用すべきに非ざること大審院の一貫した判例であつて、これが判例は裁判所法施行令第五条により「最高裁判所のした判決」とみなされ、且つこれに反する最高裁判所大法廷判決の未だ顕われざるところである。

三、然るに原判決は突如として前示の如く「昭和二十四年五月二十一日最高裁判所第二小法廷判決参照」(最高裁判決集三巻六号八五八頁)となし本件事案につき該条第一項を適用しているが、蓋し原判決は該判決の趣旨を誤解していると言うべきである。

仍つて右第二小法廷判決判示の事案を研討するに、「所論被害物件は愛媛県岸摩郡食肉組合代表者宮崎進の保管していたものであることは原判決の確定するところである」となし「右物件の保管者宮崎進と被告人等との間に親族関係の存在を疑わしめるような事情は少しもあらわれていないのであるから原審が公判においてこの点について審訊をしなかつたからと云つて所論のごとき違法ありとはいえない」と判示し(昭和二四年刑第三九二号判例カード参照)、且つ「昭和二三年(れ)第九九二号同年一二月二七日大法廷判決参照」(最高裁判決集二巻一四号一九五九頁)となつている。而して右理由を判示せんがため「所論刑法第二四四条親族相盗に関する規定は窃盗罪の直接被害者たる占有者と犯人との関係についていうものであつて所論のごとくその物件の所有権者と犯人との関係について規定したものではない」となし結局「原審が右組合に関して法人格を有するか否かを明かにせず従つて右物件の所有権関係については単に「組合所有」とのみ判示してその所有権の帰属者を明らかにしなかつたとしても所論のごとき違法ありとすることはできない」と判示する(昭和二四年刑第三九一号判例カード参照)に至つたのである。これを要するに右第二小法廷判決は「親族相盗例に関する親族関係の存否は、当事者からそれが存在する旨の主張もなく、その好在を疑わしめる特別の事情もない限り、特に審判する必要はない」との前掲大法廷判決を維持強調するにあつて敢えて刑法第二百四十四条に関する従来一貫せる大審院判例に反する意見を述べたものでないと解すべきである。

四、本件被告人は他人の財物たることを認識して窃取していることは検察官作成に係る右被告人の供述調書、当公廷における供述等により明らかなるところであつて、刑法第二百四十四条を適用すべき余地は全く存しないところである。然るに此点を誤解し執つて以て原判決の前示第二小法廷判決を援用するにおいては到底法令の解釈及び適用を誤り、適用すべからざる法令を適用したるものと断ぜざるを得ないのである。

而して右誤りは原判決に影響を及ぼすこと明らかなれば右判決は破棄すべきであると堅く信ずる次第である。

弁護人二宮喜治の答弁

右者に対する窃盗被告事件に付いて検察官の控訴趣意に対し次の通り陳述する。

(1) 原判決が被告人に対し刑法第二四四条を適用し刑の免除の判決を言渡したのは法令の解釈適用を誤つているものではなく正当であるから検察官の控訴趣意の論旨は理由なく控訴棄却すべきものと主張する。

(2) 即ち、刑法第二三五条窃盗罪の窃取と云う行為の本質は他人の所持を侵害し之を自己の所持をして代らしめると云う行為、又別の表現を以つてすれば他人の管理支配する財物を管理者の意思に依らないで之を取去ること即ち自己の管理支配内に移すことにあるものであるから此の正当の所持者と之を侵す者即ち窃取者との間に刑法第二四四条の如き一定の身分関係があれば此の両者の間の所為に対して国権の干渉を及ぼすのを不適当として処罰阻却原由としたものであるから其の物件の真実の所有権者が他の第三者であつても窃取行為の本質から考えるならば刑法第二四四条の適用を物件の所有権者の異ることに依つて左右する法の趣旨ではないのである。即ち、或る窃取行為に依り何人の所有権を侵害するかは其の物件の所有権の帰属が何人にあるやに依つて異るものであり所有権の侵害は窃取と云う所持、管理乃至支配の侵害から生ずる反対的な効果であるから窃取と云う基本的本質に関する関係に於て法所定の一定の身分関係があれば本件の如く刑法第二四四条を適用すべく所有権の侵害を受けた者が何人であるかの如き窃取行為の結果として表れる点に依つて左右さるべきではない。

(3) 昭和二十四年五月二十一日最高裁判決は刑法第二四四条は盗罪の直接の被害者たる占有者と犯人の関係に適用ありとしているものであつて即ち、窃取行為の所持侵害と云う本質的な関係に於る身分関係を明示しているものである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例